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縁起
さて、取の別の面を考える。解りやすい例として「腹が減る」ことを題材としよう。腹が減るという
「外から降ってくる」事態は、通常は定期的な食事によって解消される。しかし食物を摂取できない状況に
追い込まれたとき飢餓感になり、それを解消することが他の何にも増して優先するべき強制となる。
それは他律的な強制であるが、また同時に「喰うことの他は眼中に無い」という、強烈な自律的欲望として
現れる。
つまり「外から降ってきた強制」は「強烈な自分自身の欲望」となるのである。この欲望を指して
「愛」詳しくは「渇愛」という。この欲望は「生命欲」や「本能」と言っても良いものだろうが、本質的
には他者を殺すことも辞さない、すなわち倫理を破壊することも辞さない強烈なものである。
自己の身体を保存する「生命欲」をとりあえず満足すれば、人間として認めうる最低条件を満たす。
そして、人間すなわち「他者と言葉を媒介として関わる生物」として生きるようになる。
二者関係、また複数の他者との関係の中で「外から降ってくる」他律的な事態の別の面である自律的欲望の渇愛は、
関係の複雑さに応じて性欲、所有欲、虚栄心、傲慢、征服欲など様々な相となる。