真宗大谷派 西照寺

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縁起


付録2 伝許・伝説─世親の不信表明

 私は倶舎論のテキストや解説本は何冊か集めているのだが、その百科全書的体系に恐れを成し 未だに積読状態である。仏教用語の基礎知識の集大成であり、読まなければならないということは 解っているのだが、読むからにはそれなりに集中する時間を長期間取らなければならないため、まだ 踏み切れない。一生積読の危険性が高いこの軟弱者にとって、世親が倶舎論を製作した姿勢が具体的に 判る次のような記述に逢うと、共感を覚え、少しは敷居が下がり、つまみ読みでも何とかやってみよう という意欲も湧いてくる。

『倶舎論』「根品」の初頭において世親は有部の「アビダルマ論書の仏説論」に"kila"という語を 使って不信を示している。
[世親思想の研究73]
『倶舎論』を著した世親は、この分位縁起の解釈に不信感を持っていたので、
 伝許すらく、位に約して説く、勝に従いて支の名を立つ。
と述べて「伝許」の語を冠して、有部の分位縁起の説を紹介している。
[法と縁起444]

 この、世親が有部に対して不信を表明するときに使うという"kila"という語に関して、収集本を当ってみた。
先ず辞書的意味を荻原の梵和大辞典から引く。
 kila (1)誠に、實に、確に、眞に、即ち
    (2)・・・と言はれたる如く、・・・と述べられたる如く
    (3)周知の如く、人の言ふ如く[特に予め反対論を抑ふる為に用ゆ]
    ※番号は筆者が便宜上付けている。
次に上記引用の二箇所「根品」の初頭と「世間品」の十二縁起の部分を『真諦譯對校 阿毘達磨倶舎論』で 確認する。
 (根品) 伝説五於四 四根於二種 [真諦譯對校 阿毘達磨倶舎論第一巻91]
 (世間品)伝許約位説 従勝立支名 [真諦譯對校 阿毘達磨倶舎論第二巻135]
とある。このテキストでは漢訳の主要語に対応するサンスクリットの単語を表示しており、「伝説」「伝許」に 対応する語は"kila"である。以上から、世親は"kila"を(3)の意味で使っており、それが漢訳では「伝説」「伝許」 という単語に訳されていることが分る。
 私にとってはこのような背景的知識は倶舎論を読む時にとても重要なものになる。世親が有部の教義を 批判的に扱っているとは判っていても、具体的に「伝説」や「伝許」を目にした時の世親の覚悟の程が リアルに感じられるか否かは、こういうちょっとした予備知識があるかどうかで大きく左右される。倶舎論の 記述が生きた意味として捉えられるかどうかの分かれ目になる。

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目次
引用文献一覧・凡例・更新履歴
1 はじめに
2 典拠による表現と意味
3 考えるということの道具立て
4 縁起表現の表と裏
5 縁起を語る釈尊の姿勢
6 縁起表現の構成
7 十二縁起支の解明
7.1 推理的順序による直列的な解釈例
7.2 縁起支をたどる
7.2.1 老死愁悲苦憂悩
7.2.2 生
7.2.3 有
7.2.4 取
7.2.5 愛
7.2.6 受
7.2.7 触
7.2.8 六処
7.2.9 名色
7.2.10 識
7.2.11 行
7.2.12 無明
7.3 転回
付録1 十二縁起の変節・説一切有部「三世両重因果」
付録2 伝許・伝説─世親の不信表明
付録3 「大乗」のニュアンス─世親、親鸞に通づるもの

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