真宗大谷派 西照寺

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「箸渡し」について


2014年4月19日 同朋の会

 今回からしばらく葬式や墓に関することを取り上げます。私にとっては最近この話題が気になっていまして、2月、3月の市民講座での話もこれに関わることでした。これは皆さんにとっても難しい教えの話や仏教の歴史の話よりも色々な点で興味がおありだと思います。
 さてこの話題をいざ話をしようと準備をはじめたらとても範囲が広くて2,3回で終る話ではないとわかってきました。第一回目の話は「箸渡し」です。

 火葬場での遺骨拾いの時に、職員から「二人一組で箸で骨をつまんで拾ってください」と指示されると思います。これを「箸渡し」と言うようです。私共の真宗では遺骨を拾うときにこのような作法は定められていません。しかし風習としてはおそらく全国に広まっていて、大多数の火葬場の職員が箸渡しをしてくださいと指示すると思われます。箸渡しの意味をインターネットで探してみたところ、ある葬儀屋さんのホームページに次のような説明がありました。

 箸渡しとは、火葬後にお骨を骨壺の中に入れる際に(骨上げ、収骨)、二人一組となり一つの骨をつかみ骨器に納めることを云います。昔は箸でつまんだ遺骨を順に渡していました。
一つには、死が一人の人にとり付くのを恐れるため、もう一つには故人の死をともに悲しむために、又、箸渡しが橋渡しに通じる事から三途の川を無事に渡り、此岸(この世)から彼岸(あの世)へ魂を橋渡しをするとも云われています。
http://www.11ban.jp/iroha_8.htmlから引用)

 私は住職になってしばらくしてから、葬式を勤めるときは出棺経の終った後にひとこと注意を申上げますと言って次のように言うようになりました。
「遺骨を拾うときに火葬場の職員さんから箸渡しをしてくださいと指示されたら、住職からそういうことはしなくてよいと言われたと断わって、自由に拾ってください」

この注意をあえて言うようになったのは理由があります。

 私は若いときは山登りにかなりのめり込んでおり、岩登りや氷壁登りといった危険なこともやっていました。そういう山岳会に所属していました。仙台には同じような山岳会が複数あり、それらが集まって遭難救助の互助会を作っていました。それぞれが危険なことをやっているので遭難事故が起きる可能性が高いわけです。実際に事故が起きたときは各山岳会が協力して救助に出動しようという互助会でした。出動は二年に一度くらいは起きました。私も何度か救助隊の一員として出たのですがその中で死者が出た事故がありました。今から二十年以上前のことですが、その事故は次のようなものでした。
 宮城県と山形県の県境近くに黒伏山という岩山があります。岸壁の高さは約三百メートルで、そこに岩登りのルートが何本も開かれていました。ルートとはどういうものかというと、はじめに誰かが岸壁の下のある地点から上のある地点に登ることに成功したとします。そうするとそのたどったすじみちが登った人によって記録され発表され新ルートが開かれたということになります。あとからこのルートを登ろうとする人はこの記録を見て同じすじみちをたどって登るのです。そういうルートが黒伏山には何本も開かれていました。そしてルートといってもこの記録があるばかりなので、登る人には墜落や落石による事故の危険がつきまといます。そこで登る人は墜落しても大丈夫なように二人一組でロープで結びあい岩場にそのロープが引っかかるような器具を取付けながら登ります。また落石から頭を守るためヘルメットも被ります。
 事故当日、私の会のメンバー二人があるルート(Aルートとします)を登っていました。このAルートの隣のBルートを別の会のメンバー二人が登っていました。そのBルートの先頭で登っていた人を落石が直撃したのです。この様子をAルートを登っていた私の会のメンバーが目撃し直ちに登ることを中止し一度岸壁の下まで降り、Bルートの負傷者を助ける行動に移りました。同時に遭難対策の互助会の事務局に救助隊を要請しました。携帯電話かアマチュア無線による通報だったと思います。救助隊には二十人程度が集まり、私も参加しました。車で登山道の入口まで行き、そこから黒伏山に向かって登りはじめ小一時間も歩いたころ、負傷者を背負って降りて来た友人と会いました。この負傷者をNさんとします。落石はNさんの頭を直撃しており、ヘルメットは割れ頭蓋骨折し脳漿や血が流れ出ておりました。タオルで簡単な包帯をしていましたが、それを通して流れ出たもので彼を背負ってきた友人のTシャツは背中のあたりが赤く染まっていました。一目でもう手遅れだということが明らかでした。そして車に戻り、地元の警察に事故報告をして帰路につきました。

 Nさんは関西出身の独身で三十歳くらいで、仙南の高校の先生をしていました。葬式はご両親の到着を待って学校葬という形で行うことになりました。Nさんの山岳会のメンバーは家族の代わりとして葬式の準備に働いたのですが、学校側は我々山岳関係者を「Nさんを死に至らしめた危険な遊びをする連中」という目で見て嫌悪し我々の葬式への列席に難色を示しました。しかし何とか許されて参列することができました。私もその中の一人でした。葬式ではNさんと親しくしていた別の山岳会の友人が感動的な弔辞を述べました。このことで学校側の気持ちもだいぶ和らいだと思います。その後、遺体を火葬場に運び火葬となりました。
 火葬が終り、骨を拾う段になって職員が箸渡しをして収骨するように告げたのです。しかもその箸渡しの手順が最初の説明にある「二人一組となり一つの骨をつかむ」ばかりでなく「箸でつまんだ遺骨を順に渡していく」ものでした。骨から収骨の皿まで間に二十人ほどはいたでしょうか。最初の二人が箸で骨を拾って次の一組に渡し皿までリレーして入れるのです。骨を拾った先頭は押し出され、次の一組が骨を拾う役になります。この時の参加者は百人程度はいたのではないかと思います。その全員がこの作業を行うのです。終るまで一時間近くかかりました。私はこのことにうんざりし、箸渡しなどとんでもないという印象として残りました。なぜ骨を拾うだけのことでこんな面倒なことをしなければならないのか。当然その場の雰囲気は箸渡しを強制していますので、やりたくなければ抜ければいいというわけにはいかない。みんな疲れもあってぶすっとした顔つきで骨を拾い渡していました。この無言の圧力に私は腹が立ちました。

 当時は箸渡しの意味がよくわかっていなかったのですが、うちの宗派ではそんな作法はない。これは宗派が骨拾いの作法まで関わったら大変なので逃げているという面もあるかと思いますが、真宗は箸渡しはしないという思いはありました。
 先ほどの葬儀屋さんの箸渡しの説明文はちゃんとした説明になっています。しかし、「死が骨を拾った人に取り付く」つまり「死の穢けがれ」という考えは本来仏教にはありません。どちらかというと神さんの考えです。また「三途の川を渡る」ということも真宗はそういう説に依っていないのでそもそも問題にならない。真宗はなんでもかんでもいらないと言っているようにも見えますが、一応真宗としての理屈があってその理屈にしたがって、いるものといらないものを切り分けている。ただそのいらないものの中に、世間の風習の多くが含まれるために、みんなから真宗はなんでもいらないという宗派だと言われる。(笑)

(ここで参加者の佐藤さんから意見が出る)
佐藤さん 住職さんそう言うけど、三途の川まで行く間にお金を取られないように隠す場所がある。住職さんは知っていますか?
住職 知らない。
佐藤さん 教えてあげる?(笑)
住職 教えて(笑)
佐藤さん 遺体に足袋を履かせて草鞋わらじを履かせるでしょう。その時に踵と草鞋わらじの間に紙に包んだお金を隠して持たせる。
住職 なるほど。では今度は私の方から教えます。(笑)
真宗の場合は死装束で草鞋わらじは履かせません。昔の西照寺の葬式で草鞋わらじを履かせたとすれば、それはそのとき教えなかった住職が悪いということになります。まあ昔はこの辺の風習に従ってみんな草鞋わらじを履かせていたのが実情でしょうが。だから、真宗の場合お金を隠す場所がない。(笑)
村本さん 今は業者がこちらが何か言う前にそういう支度をしてくれるでしょう。
住職 そう、業者の問題は大きいです。
村本さん 夫の時は何もわからず業者に任せた。母の時は本人の好きだった着物を破いて草鞋ではなく布草履を編んで履かせた。

 話を戻すと、私自身は先ほど言ったようなうんざりし腹の立つ体験もあったので箸渡しを否定的に見ている。ところが今はそこまでさせる火葬場はほとんどないのかもしれません。仙台の火葬場の場合も、骨を二人でつまんだらすぐ容器に入れ、箸を次の人に渡すようになっている。だから、今私が箸渡しを経験したら、そんなに毛嫌いはしなかったかもしれません。
 当時の私はサラリーマンをしながら父である住職の補佐という立場で西照寺の葬式・法事に関わっていましたが、身内の葬式でもないかぎりは火葬場の収骨の現場に居合わせる機会はなく、うちで葬式を出したのはこのときより十年以上前に祖父が死んだときが最後でした。ですからこのときの箸渡しの体験は坊主になって自分の寺の儀式に関わるようになってから事実上はじめてと言ってもいいものでした。大谷派の儀式では収骨についてこうしなければならないという規定は全くありません。したがってこのときの私には箸渡しは低俗な因習にしか見えませんでした。しかし、このような風習の現場での雰囲気はわけがわからずともみんながやっていることはつべこべ言わずにお前もやれ、という暗黙の強烈な圧力をつくり出すものです。儀式というものにはえてしてそういう面があります。自分も坊主として儀式を行う立場でありながら、私はこのような圧力を常に嫌って反発してきました。今もそうです。だから儀式を行うときはなるべく圧力をかけないよう気を配っているつもりです。
 そういうわけで、私の経験からの気持ちと宗派の理屈の上から「箸渡しはしなくていいですよ」と言うようになりました。
 しかし、最近は「箸渡しをしなくていい」と言うことがどうなのかなという反省があります。それはまず坊主が「しなくてもいいですよ」ということは皆さんにしてみれば「するな」と言われることと同じでないか、ということです。つまり私の嫌いな無言の圧力をかけてしまうことになるのではないか。
 もうひとつ問題があります。世間一般の常識では、箸渡しの意味はある程度みんな納得していることでしょう。そしてそこから箸で取った食物を他人の箸に受け渡してはならないという日常生活の慎みとしての作法(タブー)も生れています。子供がそういうことをすれば親は厳しく叱るでしょう。また大人がやれば常識を知らないあさはかな人間として軽蔑されるでしょう。

 ここからが難しいところです。私の意識には箸渡しのタブーはありませんので、食物を箸でつまんで隣の人の箸に渡すという動作に抵抗がありません。子供達にそんなことをしてはいけないと教えたこともありません。子供達は二十歳過ぎです。見合の話が来ないともかぎりません。見合の席で私の子供が食べ物を箸渡ししてしまったとしましょう。相手の家族はそれを見てなんと非常識な連中だろうとあきれ、破談になる可能性が大です。心配になって坊守に聞いたら、亡くなった前坊守が教えていたということで安心しました。

 こうして反省してみると世間で常識とされていることを「真宗ではやりません」と言うことは大変なことなのだと思います。そういうことは軽々しく言うべきでないし、言うからにはきちんと説明しなければならない。しかし説明できたとしても現実にどう動いたらよいかという悩みを皆さんに起させてしまう。とても難しいことだなと最近は思っています。

 そういうことで真宗の寺の家族は「もの知らず」です。「門徒もの知らず」。

佐藤さん 住職さん、みんなは真宗のお葬式に来ると「門徒ものいらず」と言っているんだよ。(笑)
住職 それは別の問題ですがたしかにそうですね。
佐藤さん 行列もいらない、旗もいらない、松明もいらない、なにもかもいらない、で。
住職 まあねぇ・・・でもそんなにそんなにものいらずかなぁ。

 まあ、他宗の人からは真宗は変な連中だなと見られていると思います。しかしだからといって自分の立場を曲げるわけにはいかない。自分の宗旨として、いらないものはいらないしいるものはいる。いるものをきちんと揃えようとすると、真宗は結構お金が掛かると思います。
 こうして考えてみると「門徒もの知らず」を世間で通すことは実は大変なことだと分かります。まず世間に広まる箸渡しのようなタブーとその理屈を知った上で、さらに自分にとってはそれは必要ないので行わない、という判断をしなければなりません。つまり世間にひろまるいろいろなもの(タブー)を知った上でないとちゃんとした「もの知らず」にはなれないのです。ものを知るという努力をしないで「真宗ではそんなことはしない」と言い張るばかりでは、わがままな子供と同じで、相手から軽蔑されるだけです。そして「門徒もの知らず」という言い方には軽蔑の意味がこめられていると思いますので、真宗門徒の多くが実際にわがままな子供と同程度のふるまいをしてきたのでしょう。自分の宗旨を守りながら、世間ときちんと付き合うということはよくよく難しいことです。

 私は今後は、出棺経の後での箸渡しの注意を次のように言おうと思います。
「真宗では箸渡しの作法に含まれる死の穢れや、三途の川を渡る助けというものを認めません。だから住職の立場としては、箸渡しはしないで自由に骨を拾ってください、と言います。しかし、これまで箸渡しを当たり前のこととして行ってきたし、やはり箸渡しをして骨を拾いたいと望まれる方もいらっしゃるでしょう。ですからそれぞれの立場で納得できる拾い方をしてください。また、火葬の待ち時間にどうするか話し合うのもよいでしょう。」

2014/05/18 公開

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