真宗大谷派 西照寺

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東北大学宗教学研究会「寺が直面する存亡の危機と妙光寺25年の試み」



第98回宗教学研究会 2015年6月2日
「寺が直面する存亡の危機と妙光寺25年の試み」


講師 妙光寺 小川 英爾 住職


 一つ目の集まりの3日後、二つ目の集まり。

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 この研究会は宗教学研究室が東北大学の内外から講師を招いて見聞を広めネットワークを作る主旨で行っているということである。

 鈴木教授から講師紹介がある。
 「小川氏は700年続く新潟の日蓮宗の角田山妙光寺の53代目住職。今回お出で頂いた目的は、家という制度・意識がなくなりつつある現状の中で寺院がどうなっていくのか、さらに広くとらえれば宗教がどうなっていくのかということに重要な問題を提起してもらえると考えたからだ。小川氏は「安穏廟」という家が途絶えても死者を葬り続けることのできる墓所を1989年に作られた。現代の多くの寺院が同様の試みを行っているがその先鞭を付けた方である。また寺の運営・行事でさまざまな試みをさてれおり、現代の寺の活動形態を考える重要な例となる。」

 小川氏のお話に入る。用意されてきたプレゼンテーション資料を投影しながらの話となる。以下その概要を記す。


 現場で25年悪戦苦闘してきたことを話したい。それとともに今は寺を浄土にしていこうということも考えている。そのような考えに至ったプロセスを話したい。

 妙光寺は日蓮上人が佐渡`流のときに一泊されたご縁でできた寺で一昨年が開創700年だった。戸数200戸の小さな村の中にある寺で浜までは歩いて五分。沿岸漁業は成り立たなくなり漁師はほとんどいなくなった。農家もどんどん廃業してこの村の現職農家は2軒になってしまった。平成の合併で新潟市となったがその前は巻町といった。東北電力が原発を計画していたところである。それを住民投票で否決したことで全国に知られた町だった。


〈宗教法人としての寺の構成と運営、近世以降の社会、家、寺の存在形態、社会現象としての宗教の変遷の説明がある。〉


 25年前までは4年に1度ぐらいの割合で大水による境内冠水があった。それを排水も含めて現在の境内に直すことができた。そういうことができたのも安穏廟を作ってからである。

 安穏廟について説明する。墓を変えないと檀家制度は変わっていかないと考え、墓を変えることで寺を変えようと始めた。
 先ほど原発の話をしたが、その前に産業廃棄物の問題もあった。産業廃棄物反対、原発反対の住民運動に参加した。30年前の話である。すると住職の産廃反対や原発反対の発言を止めさせろと寺の役員に電話がかかってくる。役員から住職には「社会的発言は止めろ、俺たちが寺を支えるのだから余計なことはするな、檀家には色々な人がいるのだから過激なことは言うな、お経だけ読んでいればいい、それでも止めないなら寄付はしない、米も納めない」と言われた。
 住職が社会的発言をすると兵糧攻めに遇うのだなと実感した。この体質をなんとかしなければならないと思った。お布施と米を頂いて成り立っていた寺だった。住職が社会的言動をできない寺なら、やっている意味がない辞めようかとも考えたが、既に子供もいたのでそうするわけにもいかなかった。
 その時考えた。檀家から頂くお金は寺の維持費に回し、住職個人の給料分は別の形で稼ごうと。だからといって兼業で教員をするとか農協に勤めるとかするわけにはいかない。土地だけはふんだんにあったので、収入を得、かつ寺に対する意識を変えるために外圧として新しい人達を入れようと思った。そういうことで安穏廟という新しい墓を考えた。

 安穏廟の特徴を説明する。継承者がいらない墓である。従来の寺は継承者がいることで成り立っていた。それが檀家制度であり寺の運営を盤石なものにしていた。そして25年前当時は継承者がいない人は寺に拒絶されていた。墓地を欲しいという人を拒絶して宗教的安心を与えられない寺はおかしいのではないか。そう思い跡継ぎがいなくても寺が永代供養する墓を考えた。
 最初は一つの大きな墓に合葬しようと考えた。この仕組を仙台市のあるお寺が行っていたので見学に行った。従来の墓地を撤去させて本堂の半地下に納骨場所を作って墓石の代わりにプレートを貼った。すると檀家の半分は市営墓地に逃げてしまった。そういうことを目の当たりにし合祀は当時はまだ難しいと感じた。そこで私の所は個別の墓を作って断絶してから13年後に合祀するというルールにした。そして空いた墓は次の人が再利用する。
 当初1基108個の墓で10年で埋まると考え、それを4基作ることにした。すると埋まるのに40年。永代使用料の半分を基金にする。当時は銀行金利が4、5パーセントあったので4基全てが埋まれば基金の利息で住職の人件費が出る。
 通常の墓は檀家になるのが条件だがこの墓の場合は檀家ではなく会員制とした。またこれまでの墓は血縁による継承だがこの墓は結縁で他人でも継げるようにした。これで40年後には住職としての経済的立場が守れる寺になると計算した。
 ところが始めてみるとブームが来てしまい、12年で満杯になってしまった。予定した基金ができて運用しているが、金利が下がってしまった。困っていたところに円建て外貨債を知りこれで運用して6、7パーセントで運用している。サブプライムローン問題で損失を被ったりという失敗もあったが。
 現在は永代供養墓が沢山出てきているが、基金制ということがなかなか分かって貰えない。寺が永代供養するといってもその寺が潰れそうなのだから、永代供養の原資がどこにあるかが大きな問題となるはずだ。しかしそこまではあまり皆さん問わないようである。
 そういうことで満杯になってしまったので、頼まれて増設し現在総数で約800区画になっている。新潟の片田舎でこれだけの数が集まったのは驚異と言われているが、それが何故かをこれから説明する。

 安穏廟では寺との付き合いを家から個人へと切り替え個別相談を受けるようにした。今でこそ福祉・行政に窓口が出来ているが25年前は不十分だった。そこで寺が家族・親戚のない人の相談窓口となり、高齢者・入院者・母子家庭の保証人となる、問題が起きた場合の弁護士、司法書士、医者のネットワークを作る。寺で安価に納得できる葬式を行うしくみを作った。葬式の内容も参加者が納得できるものに作る。単身者の場合、喪主がいないので妙光寺があなたの葬式を執行するという契約を交わし費用を預かる。その金額は本人の申出による。今は総額でかなりの額を預かっている。そのような人を含め生前に戒名を受けることを推奨している。仏壇のない家庭で家族が亡くなった場合、安価な仏壇を勧め家庭にお参りする場所を作る。その仏壇の最終処分は寺が引き受ける。49日までのお参りは断わられない限り行く。
 そして寺の経理は公開する。墓が売れて車を買ったなどと言われないよう、法人経理は徹底的に公開する。


〈その他役員の定年制、情報のIT化、クラウド化等の説明〉


 メディアにはなるべく露出する、公民館などの講演。いまはお寺を開放してコンサートなどをすることがブームだが25年前からやっている。寺は場所はあるが人を集めることが難しい。外部の団体とコラボすることにより使ってもらう。すると寺に縁の無かった人も来るようになる。

 こうして目指したことは「血縁から結縁へ」という新たな共同性である。檀家は家で継承するため親の跡継ぎは自動的に檀家にならざるをえない。これが大きな心理的負担になる。しかし会員制では檀家となることを強制しない。檀家にならずに会員になっても墓を継承することができる。次世代に檀家になることを要求しない意味はとても大きい。しかし、そういう姿勢で接すると95パーセントくらいの継承者は自発的に檀家を引き継いでくれる。
 送り盆(フェスティバル安穏)では墓を買った人達の中で亡くなった人を血縁の有無によらず今生きる人たちが合同供養する。説教の代わりに講演・シンポジウムを行う。この活動の中で一度消えた地域の盆唄を復活させた。そのようなところからさまざまに展開する行事等を通して人の交流を図る。


〈交流のさまざまな具体例の説明。〉


 こうして基本財源は充実してきたが現状はというと、法事は確実に減っている。葬式の単価も落ちている。香典が入ってこないのだから当然である。多死社会で皆さんの負担も大きい。布施も減る。布施収入に頼る寺はいずれ限界が来るだろう。そして現代は個人化が急激で無縁社会と言われる。死生観が確立しにくい中で終活ブームや次世代の宗教回帰が起きている。煽るようなメディア情報が先行する中で寺はこの流れに関与できていない。

 では寺がみんなに支えられる場所としてどうあるべきか。皆で相談した結果、妙光寺浄土を作ろうということになった。
 淨土とは「仏の教えを受け、自ら仏になることを修行する世界。仏の存在を実感できる場と心の状態を言う。その中では全ての不安と無縁に修行に専念することができる。」――とすれば、これこそお寺ではないか。
 そういう寺として妙光寺を作り上げていき、寺のありかたのひとつの社会的モデルを提示する。

この寺の行動指針は次のようになる。

1.人と人との繋がりの仲立ちを行い、生きる上での問題解決に貢献する。
2.問題解決のための知恵を生み出すための修行の場と情報を提供していく。
3.浄土を身近に感じることのできる空間の創出と維持を行っていく。

 しかしこれを実現するための財源の見通しは非常に厳しい。そのために「妙光寺浄土基金」というものを安穏廟の基金とは別に作ることにした。この浄土基金に寄付頂いたお金が寺の財布を通して社会に還元できるしくみを作る。具体的には浄土基金に賛同する方に親の遺産が入ったならばその1割を寄付しようとか、宝くじが当ったら1割寄付するとか・・・。これらは本来は布施であるが現代では残念ながら僧侶の対価になってしまっており、その認識はなかなか変えられない。であれば布施から離れて基金に対して寄付するという形を取る。それで何かを買うとか修理するとかではなく、寺の活動を支える、これからの檀徒が変わっていく活動に役立てたいという目的で。そういう意識が今、檀徒や会員の中に少しずつ広がっている。
 


 

二つの集まりに参加しての感想

 こうして5月30日、6月2日の集まりは終った。そこから私が受けた刺激は相当なものだった。少々頭が混乱してしまったので、整理するためにそれぞれの記録を作ることにした。
 録音から文章を起していくと現場の印象と記憶より深いものが整理されて見えてくるものである。一つ目の集まりで山形氏は、仏教は個人の宗教になってもう一度立ち上がるしか道はない、という意味のことを語っておられたが、妙光寺の25年の歩みは、個人の宗教へと変貌を図る具体的な営みではなかったかと感じる。山形氏のイメージされているものとぴったり一致はしないかもしれないが。この二つの集まりはなかなか見事に向い合っている。おそらく鈴木先生はそこまで予想あるいは予感されて準備されたのだろう。

 一つ目の集まりでは、霊魂・精神・スピリット・みたま、これらは各宗教宗派の中で意味付け、位置付けが相当に違うものであることがあからさまになった。これらの言葉はそれぞれの教義の中で正当な意味と位置が与えられるものだろうが、それぞれの教義は相互翻訳が困難である。今回はその困難を置き去りにしたまま議論に走った面がなきにしもあらずだが、議論しないよりはるかによかった。今後、各教義の立場を互いに尊重しながらさらに議論が深まることを期待したい。
 真宗の坊主として私が触発されたことは、少なくともヘーゲルの精神現象学的意味での「精神」――それを「霊」と言ってもいい――それは「ある」ということを再確認した。そしてその「精神」と「阿弥陀仏の本願」の関係を明らかにしなければならないという課題が見えてきた。
 こうして二つの会合は私に教義的な問題と実践的な問題を突きつけてくれた。このような機会が与えられたことに感謝する。

2015/06/16 星 研良

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