真宗大谷派 西照寺

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まぎれ廻まわると・・・


 今年の夏もお盆の戸別のお参りの期間が終わった。西照寺の門徒の分布は、寺を中心 として半径約三十キロメートルの円の圏内に散らばっている。これは結構広い範囲である。 昨年のお参りの時は、冷夏が常の仙台にしては十数年ぶりの猛暑で大変な目にあった。 今年はその経験から暑さに備えて、保冷剤とおしぼりを入れたクーラーバッグを車に入れて おくという対策を考えた。 しかし今年はお盆直前に梅雨明け宣言を聞いたと思ったら、逆に梅雨入り状態となり、例年 以上の冷夏となってしまい、この新兵器の出番は無かった。

 さて、お参りの期間中はいろいろなことが起るのだが、その中で二軒のお宅で出た話題を取り上げる。

・母を亡くした娘さんの話
「母を亡くして三回忌までは行事をきちんとしなければと、真宗の作法も覚え、色々な準備も住職に 聞きながらこなしてきました。そして今年、四回目のお盆を迎え、昨年と同じように仏壇を整えました。 しかし、なぜこういうことをやっているのだろうかという疑問が現れ、私はその答えを見つけることが できないでいます。月例会でもその場では分ったように思うのですが、帰るとまた疑問が現れる。 なぜなのでしょう。」

・夫を亡くした人の話
「夫を亡くして、しっかりしなければと三回忌までは頑張ってきましたが、最近は、はて、自分はこれ からどうしたら良いのだろうか、どう生活していけばよいのだろうか、という疑問が頭をもたげてきて きて悩んでいます。」

 どちらのお宅もたまたま同じ時期に母を、夫を亡くされており、話の内容もほとんど同じ問題を指 していたので印象に残った。
 縁者が亡くなってから半年位は葬式にはじまり、相続や名義変更の事務手続きなど、様々な雑務に 追いまくられる。これは私もこの四月に母を亡くしてみて身にしみてわかった。ようやく雑務が一段落 すると、亡くなったという喪失感を生活の色々な面で感じる日々が続く。家庭の雰囲気、世間の見え方、 毎日の生活のリズムは、母が夫がいた時のようには決して戻らない。これらのことも永久に失われてし まった。何とかしなければと自分を励ます。一周忌、三回忌までは毎年法事という事業を型のごとくに 行わなければならないので、これが一つの目標となった生活をする。そして三回忌が終わると次は七回 忌である。あと四年は法事を考えなくても良い。これはまた法事という目標が無くなってしまったこと でもある。ここで、ふと立ち止まって考えるゆとりが現れる。おそらくこれが、お二人が今年のお盆を 迎えられた状況だったのだろう。

 その立ち止まりの中で、縁者を亡くしたということの意味を考えざるをえない機会が訪れた。 それはまた、自分が生きていることはどういうことなのか、という問を起さずにはおかない。またこの 問は自分の力では答えを見出すことができそうにないという敷居の高さ、ある種の絶望感をもたらす。 これらのことが「はてさてどうしたものだろうか」という困惑に結晶する。そこで四回目のお盆に 訪れた坊主にこの困惑を言葉にして問う、という次第になるのだろう。

 縁者がいなくなってしまった生活に、いやでも向き合わざるをえない。そうして解ることは家族も、 死者となった縁者も、友人も頼りにはならず、生きるということに自分一人で向き合わざるをえず、 さらにはその自分すら全く頼りにならない、という事実である。
 死者を供養するという意味づけも頼りうるものではないことが分った。少なくとも死者は、即効性の ある形で現在の自分の悩みに答えてくれるものではないことがはっきりしてきた。

 さて、自分はそのような他のものに頼らないところで生きるということを、どう理解すればよろ しいのだろうか。近い将来死すべき身として。

 現代においては、このような問は鬱病と扱われかねない、ある意味で危険な問でもある。そして現代の考え方の 大半は、この問から目をそらさせるような仕方で解決を求めようとする。しかしそれは間違いであり、 問題の先送りにすぎない。

 この問に目覚めた者は自分一人で、その重みを噛みしめながら解答を見つけ出していかなければならない。 またこの解答を見出していく道は忍耐の道でもある。手軽に目の前に現れる答えなど無い。一歩一歩、 タマネギの皮をむくように歩まなければならない。
 坊主の説法や仏教の書物はその歩みを援助する重要なものではあるが、答えがそれらから丸ごと与えられ ると思っていてはダメである。それらの援助を手がかりとしながら、自分自身が納得しうる答えを見つけ出 していかなければならない。投げ出さず、少しずつでも前進するとき、答えの在処ありかやその 片鱗が垣間かいま見えるようになってくる。

 そして答は必ずある。その答を「覚さとり」といい、真宗の伝統では「信しん」という。
この道は釈尊が歩み、親鸞が歩み、また無数の仏教徒が歩んだものでもある。答を見出した先達せんだつ が無数にいるということ、そしてそれらの先達が見出した答に到る道が、教えとして今に伝承されていることを 信じて、歩み出して欲しいと思う。

慶聞坊きょうもんぼうのいはれ候う。
信はなくてまぎれまはる※1と、日に日に地獄がちかくなる。
まぎれまはるがあらはれば※2地獄がちかくなるなり。
うちみ※3は信、不信みえずさふらふ。
とおくいのちをもたずして今日ばかりとおもへ。

※1 紛れ廻る、 ※2 現れば、 ※3 打ち見。
  (蓮如上人御一代聞書 六十六。東本願寺版『真宗聖典』八六七ページ)

今回の題材の内容を考えて意訳するとこうなる。
「慶聞坊が言われた。
信という答を見出していない生活─すなわち現在生きている世界のみのこと、また家族や仕事や趣味などにのみ意味を 見出し目的を持つ生活─に関心を持ち時を過ごす(紛れ廻る)ことは、 一見平凡で幸せな生活のようにも見えるが、それは一日一日地獄に近づいていっているということでもあるのだ。 そのような日常の自分の心を漫然と眺めていても、覚りへの道を歩み出したかどうかなどは分るものではない。 たまたま今日、そこに気づいたということは貴重な機会にめぐりあったのだ。ここから道を歩むことをはじめよ。 いつまでも漫然と生きていられる自分と思うな。」

                            2008/08/25

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