真宗大谷派 西照寺

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2014年3月21日 春彼岸会法話「在りかた二つ」


 今回はたまたま目についた記事二つを紹介します。先ず一つ目です。3月14日に次の脅迫事件の裁判があったとの報道が流れました。

「黒子のバスケ」事件の裁判

 人気漫画「黒子のバスケ」に関して連続脅迫事件を起した渡辺博史被告(36歳)の裁判が3月14日にあった。
 渡辺被告は高校から専門学校に進んだ後、コンビニエンスストアなどの職を転々とした。大学入試に落ち、アニメ制作の職に就きたいという希望もかなわなかった。バスケットボールの漫画が好きで「黒子のバスケ」の作者の藤巻忠俊氏(32歳)をねたみ「成功を傷つけこの漫画を世間から消したい」と考えた。
 2012年10月、藤巻氏が一時在学した上智大学の体育館に脅迫文と硫化水素を発生させる容器を置いた。
 2013年10月、「黒子のバスケ」単行本の販売中止を要求する脅迫文と漫画のカード入り菓子にニコチンを混入したものをセブンイレブンとバンダイに送った。これによりセブンイレブンは2万個以上の菓子を店舗から回収させられ約500万円の損害を受けた。またバンダイは25万個の菓子の販売を中止させられ1600万円以上の損害を受けた。

 渡辺被告は検察の起訴内容を「一切まちがいございません」と認め、自分自身に対して「厳罰を科されるべきだと考えている。その理由を述べたい」と言い、次のように語った。
 小学1年の時に受けたいじめがきっかけで自殺を考えるようになり、今年で30年になる。自分は負け組だ。30代になり、自分を罰する何かに一矢報いようと決意した。そして自分が手に入れられなかったものすべてを持っている「黒子のバスケ」の著者を知った時、自分と人生があまりにも違うと思い、この犯行に及んだ。作者を自分の自殺の道連れにして燃え尽きるまでやろうと考え頑張った。事件を起したことを反省はしない。これまでの年収は200万円以下で、与えた損害には金銭で責任を取ることはできない。出所したら自殺する。

 最後に「こんなクソみたいな人生やってられない、とっとと死なせろ」と叫んだ。

 はじめてこの事件を知ったとき「黒子のバスケ」とは何なのか全く分らず、家族に聞いたりしてやっと漫画の題名だと分かりました。(この漫画は単行本で1冊420円、これまで2300万部売れたそうです。総額96億6千万円です。)この事件では関西、関東の色々なところで脅迫犯行が行われ、犯人逮捕までにずいぶん大規模な捜査が行われたようです。警察は犯人がネットカフェから犯行予定地を下調べしていたことを推理し、犯人像を特定していくというというみごとな捜査をしていたと思います。
 これをNHKが特集し興味深く見たので、今回の報道にも目が止まったのです。今回の報道で初めて犯人の心境を知りましたが、重く複雑な印象を受けます。自分がたどってしまった人生に対する怨み、その対極にあると自分が思い込んでいる漫画作者への嫉ねたみ、犯行を実行するまでの緻密な計画性と粘り強さ(仏教的には執着心)、逮捕されてからも、自分の行動に非を認めず、自殺で人生を完成させようとする意志の強さ(仏教的には驕慢きょうまん心―おごり・たかぶり)、これらは絶望の裏返しのようですが・・・。私達も犯人と同じ精神的要素を持ちますが、犯人の並外れた強烈さに驚きました。もし私がこの人と会ったとしても、説教して回心させる自信は全くありません。
 そして、この人の精神を遠巻きにして眺めているような心境ですが、そうやって眺めているとこの人の「在り方」が少し見えてきました。それは自分が在るということを外に向かって主張し、それが他人に認められることによって、自分が在るということを確認しているということです。そうして、あたりまえですが恐ろしいことに私達の心もこの人の心とほとんど同じ位置にあるということを、この事件は思い起させます。私達はこの人と同類だからこそ、この人が落ち入っている絶望的な雰囲気を感じ取ることができ、救いを差し伸べる手段が無いとも知るのです。


 もう一つの例を出します。寺には毎月、宗門から色々なパンフレットが送られてきます。私はこれらの雑多な種類と金太郎飴のように似た内容に辟易しています。ほとんど見ないで捨てていますが、最近は少し辛抱強くなり捨てる前にざっと目を走らせるくらいはするようになりました。それでたまたま目に付いたのです。2013年11月の「サンガ」という広報誌に載ったものです。

ある人の話

 小学校のとき先生から「世の中の役に立つ人間にならなければなりません。そのために一所懸命勉強しなさい」と言われた。
 学校から帰ると、家ではおばあさんが縁側でひなたぼっこしながらこっくりこっくり居眠りをしている。お父さんもお母さんも朝早くから仕事に出かけているのに、おばあさんは世の中の役に立っているとは思えない。そこで「おばあさんは、なぜ早く死なないのか」と言った。
 孫からいきなりそんなことを言われたおばあさんはすこしもあわてず、孫を仏壇の前に連れていった。
「ここにいらっしゃるのはだれじゃ」
「アミダさんだ」
「アミダさんは役に立つ者も、役に立たない者もみんないていいよとおっしゃっているじゃろう。お前も学校の先生の言うことだけでなくアミダさんの言うことも聞きなさい。」

 短い小話ですが、ほっとするものがあります。先ほどの犯人の持つ――そして犯人と同じく私達が持つ――怨みや嫉み強情など、それらは私達の行動が悪に走る原因を作り出すものですが、だからといってそれらを一つ一つ潰つぶそうとしても決してできるものではありません。しかし、この二番目の話は、そういうやっかいなものをそのままにして置きながら、フィと横にずれてやっかいごとすべてから解放されることができる、ということを示してくれています。そういう方向も私達はうすうす感づいてはいるのですが、なかなかとらえきれないのです。この話はそのとらえきれないものを形にしてくれていると思います。
 それは自分が在るということを外の他人に対してではなく、自分の内に向かって確認していくという姿勢です。このおばあさんは、誰に頼るでもなく自分ひとりにおいて、その確認をみごとに成し遂げられていると思います。

 二番目の記事を読んで印象に残っていたところに、一番目の記事の報道がありましたので対比してみました。なお二つの記事の文章はもとの記事に私なりの手を加えて作ったものです。

2014/03/21

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