真宗大谷派 西照寺

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心の表と裏


 今回の節「清らかな心」(仏教聖典 七〇頁〜七六頁)も、前回同様に分量が多く、微妙で重要な話題を含んでいる。 やはり小一時間で説明できるものではない。今回はこの中から「身」と「心」に関する話題を取り上げる。

 さとりの道において、人はおのれの眼をもって仏を見、心をもって仏を信ずる。それと同じく、 人をして生死の巷ちまたに今日まで流転るてんさせたのも、また、この眼と心である。
 国王が、侵入した賊を討とうとするとき、何よりも先に、その賊のありかを知ることが必要であるように、 いま迷いをなくそうとするのにも、まずその眼と心のありかを確かめなければならない。
 人が室内にいて目を開けば、まず、部屋の中のものを見、やがて窓を通して、外の景色を見る。 部屋の内のものを見ないで、外のものばかりを見る目はない。
 ところが、もしもこの身の内に心があるならば、何よりも先に、身の内のことを詳しく知らなければならないはずであるのに、 人びとは、身の外のことだけをよく知っていて、身の内のことについては、ほとんど何ごとも知ることができない。
 また、もしも心が身の外にあるとするならば、身と心とが互いに離れて、心の知るところを身は知らず、 身の知るところを心は知らないはずである。ところが、事実は、心の知るところを身が感じ、 身に感ずるところを心はよく知っているから、心は身の外にあるということもできない。 いったい、心の本体はどこにあるのであろうか。
(七一〜七二頁)

 この引用の内容を表す見方を私の経験を例にして検討してみよう。私は母を今年四月に亡くしたが、 暫くその思い出を綴つづる。

 母は2007年1月に悪性リンパ腫と診断され、車で20分ほどの所にある総合病院で通院治療を行っていた。 この病気はリンパ腺の癌であるが自覚症状はほとんど無く、かえって治療投薬の副作用による体調悪化、 体力低下の障害が大きかった。
 約10日ごとの投薬直後は、体力の消耗と風邪に似た副作用が現れて食物の味が変わり喉を通らないようだった。 頭髪も含めた体毛が抜けた。母は「痛くも痒かゆくも無いのに何で薬を飲んでこんな目に遭わなければならないのか」 とぼやいた。それに対して私は「まるで貧乏籤くじを引いたような病気だ」と応えたものである。
 それでも投薬後1週間もすると、副作用はある程度おさまった。そうすると食欲も回復し、すぐに好きな畑仕事に出かけた。 このような生活の繰り返しが、四ヵ月ほど続き初夏になった。 主治医の見立てではこれくらいの期間投薬すると治療の成果が現れてくるはずだったが、 母の場合は思ったようには回復しなかった。そこで放射線治療も併用することになった。これは週に1回で4,5回も続けたろうか。 そうして秋口になったが、それでも治療の成果はなかなか現れない。
 秋も半ばになった頃、リンパ腫の要因が一つではなく複合したものであることがつきとめられ、 そのために治療が予想通りには進まないということが判った。主治医は治療の前途が厳しいものであることを語った。 しかし治療を続行するしか道は無い。母の体力は日に日に低下していった。
 母の通院の車での送り迎えは主に私が行っていたが、10月のある日、車の中で「治療しても副作用で悪くなるばかりで、 生きる望みを失った。」とポツリと言った。 私は、これまで母の口からこのような類たぐいの言葉を聞いたことが無かったので内心ドキリとした。
 また11月頃だったろうか、朝、病院に送り届け、母は半日がかりの点滴を受け、午後また迎えに行く。 その迎えに行ったときのことだった。 この日は昔から使っていた携帯用魔法瓶に茶を詰めて待ち時間に飲むように持っていったものだったが、 その魔法瓶を持ちながら車に乗り込んだとき「ああ重い、これがこんなに重いものだとは思わなかった」と言った。 1kgにも満たない小瓶を持つことさえつらくなるほど、体力が低下したのかと私は愕然がくぜんとならざるをえなかった。
 そして母は年末に風邪を引いた。それまでも治療中に何度か風邪を引き、副作用で治りが悪いことがあたりまえだったので、 本人も家族もあまり重大に考えていなかったのだが、年が明けてもなかなか良くならず、こじらせた状態になった。 1月10日頃、息使いが見るからに苦しそうだったので、近くの掛かりつけの医者に診てもらうことにし、 車に乗せるために助け起したとき、母は立とうとしてよろけて転倒しそうになった。私は思わず声をあげながら母を支えた。 そうしながら私の心にはまた衝撃が走った。かかりつけの医院では一日目は点滴を受けて帰ったが、 回復せず翌日また行ったときにレントゲンを撮り、既に重度の肺炎を起していることが分った。
 すぐに癌治療の主治医に連絡し、即日呼吸器科病棟へ入院となった。母はベッドで酸素マスクをして苦しそうに息をしていた。 翌日見舞ったとき「少しは楽になったか」と私が聞くと「さっぱり楽でない」と顔をしかめて言った。そして翌日、 母の現在の呼吸では必要な酸素量を補給できないと診断され、麻酔による睡眠状態での人工呼吸に移った。 そうして肺炎の治療が続けられたが、回復することは無く二ヶ月半後に死去した。

 母の病気経過について私が印象に残った出来事を書いた。このような形で死去せざるをえなかった母はまた、 西照寺の坊守ぼうもり(住職の配偶者)として仏教に接した者でもあった。
 闘病中の母にとって仏教は何らかの力になったのだろうか。私が外から母を見た印象では、 仏教が積極的な力となって母の言動に現れたとは言い難い。
 それでは仏教は母には意味の無い無駄なものだったのだろうか。しかし、そうとも言い切れない。 「生きる望みを失った」という言葉を出しながら、母にはその自分の感情を冷静に受け止めていた面があった。
 麻酔は本人の同意書を取った上で行われたが、そのとき母は、麻酔で二度と目覚めることなく、 今生の別れになるということを予測していたのだろうか・・・そうは思えない。
 では麻酔を受入れたということは母にとって悔しい思いを残したことであったろうか・・・そうも思えない。
 仏教聖典の引用にある通り、このような決断の場面では身体を離れて心はありえないということを思い知らされる。
 おそらく人は、そのときそのときに自分がおかれた状況を、避けられぬものとして受入れたとき、 後悔の念というものは起らない。あるいは起したとしても、そういう思いを起す自分の間違いに気づく。 そして、母を見取っている私もそのときそのときの後戻りできない現実を受入れることしか道はない。
 そのような互いの関係と覚悟を決める状況に置かれた母にとって、仏教に接した経験は縁の下の力持ちとなったと思う。
 しかし、覚悟して受入れたからといって何かが変わるのか・・・・そうではない。あるいは、 言葉にできることで変わるような事は何も無い。
 ならば、覚悟して受入れるということは無意味なことなのか・・・・これもそうではない。 このような、言葉にして解決を求めようとする、その姿勢こそが問題の元凶、自分の心の執着、心の表の姿であることを、 仏教は知らしめてくる。

 もともと、すべての人びとが、始めも知れない昔から、煩悩の行為に縛られて、迷いを重ねているのは、 二つのもとを知らないからである。
一つには生死のもとである迷いの心を、自己の本性と思っていること。
二つには、さとりの本性である清浄な心が、迷いの心の裏側に隠されたまま自己の上にそなわっていることを知らないことである。
(七三頁)

 そして、その心の表の姿──言葉に表し、言葉によって判断し、様々な行いによってあらゆる問題が解決できるという考え方── へ固執することが、そもそも誤りであることを我々は思い知らされる。
 そこにしがみついている限り、後悔の念も起き、死者への執着から離れることはできない。 しかしまた我々の心はそのような感情でしか成り立っていない、それに代わる別のものとして「本当の心」 といったものが現れるものでも無い、ということを心の裏側から知らしめられてくる。
 そして、我々が「心」ということばで表し得るのは、あくまでも「心の表側」であり、 様々な苦悩を作り出す元としての面のみである。それが、我々自身の言葉、時間、生活、歴史を作り出していく。 我々はその中で自分の為す事が正しく、善い事であると信じて生活する。しかしそれは「煩悩の行為に縛られて、迷いを重ねる」 結果を作り出してもいく。そしてそれは避けることができない。これが「心の表側」に現れる世界である。
 「心の裏側」は言葉で表すことはできない。それは「心の表側」を「離れることはできないが、しがみついてはいけないもの」 として徹底して知り、冷静に受け止めるというその立場において、 納得せしめられるものである。そのとき我々は「心の表側」の呪縛から離れる道を探り当てる。  

                                 2008/10/19

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