真宗大谷派 西照寺

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カミとホトケ


2011年1月15日 同朋の会「仏教聖典を読む 第35回」
生活の指針(229頁) から

 今回は「神と仏」についてです。先ほどの前住職の話とも関連します。
 昨日はどんと祭でしたね。だいたい皆さん行かれますね。この辺の神社はみなどんと祭をやっています。 この辺の神社は寺と違って無住のところが多いですね。神主さんはお祭りがあるときだけ出張してくる。そういう 神社は誰が維持しているかというと氏子です。寺とは成り立ち方が少し違う。しかし、建物とか内容とかは似ている。 どう似ているかというと、まず建物の形が似ている。屋根の上に交差した飾りのついた神社の様式もありますが、 寺の本堂と同じような形の神社も結構あります。
 どうして似ているかというと、日本に仏教が入ってきたのが約1500年くらい前のことですが、仏教の教えと 一緒に仏教文化も入ってきた。その中には仏教の建物の作り方も入ってきた。この当時の仏教文化は最先端でしたから、 日本の建築技術よりはるかに高度だったと考えられます。
 日本にはもともと「カミ」がありましたが非常に素朴なものでした。仏教のように高度な教えがきちんとあって、 その中で説かれる「ホトケ」とは程度が全然違っていた。災いを避けて福がくるようにと、石や木や自然現象などを 祀っていた。そこに仏教という先進文化が入ってきた。教えの内容は高度で日本のカミなどたちうちできない。 そうしてカミの方は仏教文化を取り入れるという動きになった。その中でカミとホトケが段々と混じり合うようになった。
 今言っている「カミ」はキリスト教の神とは違います。日本の神は八百万やおよろづですがキリスト教の神は 一つです。ところが現代日本語ではどちらも「神」と書くからややこしくなる。今日の話題は日本の神ですので注意して 下さい。

 そして多くの家では神と仏は共存しています。神さんを祀る神棚と、仏さんを祀る仏壇がある。以前の私であれば、 仏さんを拝んでいるのに神さんがあるのはおかしい、という言い方になったのですが、今はあまりそういうことは言 いません。(笑)
というのは、神さんと仏さんをきっちり分けようとしても、なかなか難しいということに気がついたからです。 1500年前から複雑に混じり合っている結果として今があるからです。
 例えば「南無八幡大菩薩」という言葉があります。これは神さんですか仏さんですか?菩薩は仏教ですし八幡は神です。 混じっています。この言葉が多く見られるのは神社です。しかしお寺でも見かけるときがある。真宗ではまず無いと思い ますが、他宗の場合はありうる。お寺の中に社やしろを建てている場合も結構ある。
 そういう歴史の中で真宗だけが神と仏は違うといきり立って喋っているとも言える。だから、真宗の坊主の話を聞く 側の皆さんにとってはややこしくなると思う。真宗の坊主の前では神さんの話をしてはダメだぞと注意して、しかし 日常生活では神と仏に関わっている。それが当たり前だと思います。私もようやくそういうことを認めて言えるように なってきました。少し心が広くなってきてこんなことを喋っております。(笑)

 なぜ神と仏が混じったかというと理屈があります。「本地ほんぢ垂迹すいじゃく」という 考え方です。垂迹というのは仮の姿、本地というのはその仮の姿の本当の姿ということです。そして仮の姿は神です、 本当の姿は仏です。だから神の姿で神社として現われているが、その本当の姿は仏なのだということです。
 まあこれは仏教の側からの宣伝ですが、仏教の方が高度ですからこのような言い方が成り立った。そういう歴史が あるわけです。しかしその中で色々な弊害も出て来た。もともと仏教は個人の覚りを求める教えですから日本の神とは 関係が無い。しかし、神と混じり合うことによって教えの要かなめがはっきりしなくなり、何でも拝めばいい というような風潮になってしまった。神と仏を一緒にする言い方が当たり前になっています。「神仏」と一語で言って しまう。「神仏にお参りすれば病気が治る、大学に受かる」とか。今受験の季節ですが、合格祈願は毎年すごいものです。 しかし何かに頼みたくなるという気持ちは切実です。ところが真宗の寺に来ると、そんな御利益はありませんよ、 とはねつけられる。(笑)
 縁起かついで自分に都合の良い方に向けられるようなことは、縁起ではないということは理屈では分かっても、 お参りして何かいいことがあるのならちょっと行ってみようじゃないか、というのは人情だと思います。そうして、 神社にしろ寺にしろ境内というものは、人が集まるようにうまく作られているものです。だから行ってみたくなる。 理屈としての教えは別にして、行ってみると華やかで賑わいがあり屋台は出ているし、楽しい。そういう気持ちを 一概に否定はできない。
 昨日のどんと祭に行かれた方は、毎年行っていることだし、行かないと一年の始まりのけじめが付かないという 気持ちもあるでしょう。私はそれはそれで結構なことだと最近は思います。そうやってある種の伝統が維持されて きているわけですし。

 さて、そこで神と仏はどう違うのかという話をします。どんと祭を考えてみましょう。どんと祭では正月の飾り物を 燃やしてその年の無病息災を祈る。神社のほとんどはこのパターンだと思います。福を呼び込んで災いを外に追いやる。 この気持ちは皆切実です。病気であれば、そんなものに祈っても効かないと理屈では分かっていても、気分転換にだけ でも行ってみるかという気持ちになる。そして賽銭を上げて一時でも気持ちが晴れれば、効果があったともいえる。 神さんにはそうやって人の気持ちを引き立てるという役割があるともいえる。しかし限界がある、その話をします。

 実は私の義母(坊守の母)が昨年、実母(前坊守)の命日である4月2日に、奇しくもその同じ日に亡くなりました。 脳梗塞の後遺症による機能低下でした。
 また叔母が昨年10月中頃に亡くなりました。五人兄弟の長男である父の二番目の弟の奥さんです。肺がどんどん 機能しなくなる病気にかかって酸素ボンベを持ち歩く生活でした。
 さらに叔父をつい先日亡くしました。父の一番下の妹の夫です。去年の報恩講には元気に出てきていたのですが、突然、 劇症肝炎という病気にかかって亡くなりました。
 そんなことでこの一年以内に三人の縁者を亡くしたのですが、結構つらい経験と勉強をさせられました。その結果として 母が健在だった三年前よりも性格が柔らかくなったかなと思っております。

 そこで、叔父の話をします。叔父は丈夫な人だったのですが、半年ほど前にネフローゼという腎臓の病気にかかり 入院しました。幸いに治療だけで回復し透析までには到りませんでした。退院後は通院の必要もなく普通の日常生活に 復帰しました。
 ところが12月の初旬に風邪を引いたのだそうです。叔父は医者嫌いな人で、特に総合病院の待ち時間が嫌で、 入院していた病院には行きたくないと近くの町医者にかかりました。しかしいつまで経っても風邪が治らない。 そこで子供達が12月中旬に、入院していた病院に連れて行って診てもらったところ、即入院と言われました。 そしてその総合病院では対応しきれないので別の血液疾患専門の病院を紹介されそこに入院しました。そこで検査して、 悪性リンパ腫と劇症肝炎の二つの病気にかかっていることが分かったのです。
 悪性リンパ腫は私の母と同じ病気で血液のガンですが、劇症肝炎にくらべたらとりあえず放っておいて良いものです。 劇症肝炎は恐ろしい病気で、生きるか死ぬかが約二週間で分かります。この病気は最初風邪に似た症状ではじまり、 それから意識がもうろうとしたり、錯乱したりして、最後に昏睡状態になり死ぬ、というものです。確定した治療方法は 無いそうです。血漿の輸血とか2,3の治療はあるのですが良くなれば運がいいといった程度でしかない。 そういう連絡が来たのがクリスマスの頃でした。こちらとしては構えるような気持ちで年末年始を迎えました。 そして年明け早々に亡くなってしまった。まさかあの叔父がこんな亡くなり方をするなど家族も思っていなかったし、 我々縁者も思っていませんでした。
 お医者さんは叔父に二週間くらいで生きるか死ぬか分かると言ったそうです。緊急事態ですから隠してもしょうがない。 本人も自覚しなければなりません。しかし、治る望みは繋いでいたと思います。年末に見舞いに行ったとき無菌室という ところに入っていましたが、なんとか面会できて、言葉は交わせました。そして亡くなる直前にたまたま家族が居なかった。 そのときに「家族を呼んでくれ」と病院の人に言ったのだそうです。私は後でそれを聞いたとき、ああ、自分が死ぬ ということが解ったのだな、と思いました。

 さあそれで、神さんです。神は劇症肝炎に効くのでしょうか。福は内、鬼は外の神です。──効きませんよね、 どう考えても。つまり、叔父のように生死を目前に突きつけられた人は、神を頼まないと思うのです。反対に言うと、 そこまで深刻な状況でない人が神を頼むのです。つまり、そういう意味で神には限界がある。
 私はそういう神の限界を昔は軽蔑するような言い方で批判していたのですが、最近は言わなくなりました。 神には限界があるがその限界の中では働きもある。それは風俗と言ってもいいものだと思います。さきほども言いましたが、 どんと祭のような場に参加すると気分がすっきりする。それはそれで悪いことではない。しかし、私の叔父のような状況に 到った人の支えにはならない。では、何が支えになるかということです──それが仏です。だから神と仏はちょっと レベルが違う。それぞれの分担があるけれども、神さんはあまり深刻でない外側の部分を受け持ち、仏さんのほうは、 深刻な部分まで踏み込んで受け持つといってもよい。ですから、仏さんに無病息災とか安産祈願とかでお参りする人は、 実は仏の形をした神を拝んでいるといえます。

 さて、ようやく仏教聖典の今日の部分「生活の指針」になります。この節も長いです。最初の数行だけを引いております。

災いが内からわくことを知らず、東や西の方角から来るように思うのは愚かである。内を修めないで外を守ろうと するのは誤りである。朝早く起き出て口をすすぎ、顔を洗い、東・西・南・北・上・下の六方を拝んで、 災いの出口を守り、その日一日のしあわせを願うのは、世の人のなすところである。

しかし、仏の教えにおいては、これと異なり、正しい真理の六方に向かって尊敬を払い、賢明に徳を行って、 災いを防ぐのである。(229ページ)

 私も良く分からないのですが、朝起きて六方を拝むというのはおそらくこの当時のインドの風習ではないかと思います。 日本にあてはめれば、朝起きて神棚に参って今日一日守って下さいと祈るのと同じ事だと思います。 しかしそういう人はまた「災いが内からわくことを知らない」。そして「東や西の方角から来るように思う」。 つまり災いは自分の外側からやってくるものだと思っています。「福は内、鬼は外」もそうですね。福も鬼も己おのれ の外側です。つまり自分に関わることを外のものを頼みとする──それは愚かである、と言っています。 災いというものは自分の中から湧くということを認めなければならない。しかし我々はとりあえず自分の責任はおいて 外に責任を被せると気が楽です。
 大学受験に落ちたのは自分の怠惰が原因では無くて、運が悪かったのだと思う方が気が楽です。自分の仕事が失敗したのは 勤勉に働かなかったためではなく、競争相手が現われたためだと思う方が楽です。そうやってとりあえず自分を守れば 当座はしのげます。しかし、いつかは全ての責任を己が引受なければならない時が来る。それが、私の叔父の場合で 言えば亡くなる前の「家族を呼んでくれ」の一言の時だったと思います。叔父は自分の人生を全部引き受けた、 そして自分の死を受け入れた、そう思います。

 ですから、福は内鬼は外の問題は、死──誰の死でもない、己の死を自分の事として受け入れるのか、 それとも見たくないものとして自分の外に置いておくのか、というところにかかってくると思います。 外に置いているかぎりは、いくら仏の教えを聞いても通じない。嫌だけれども自分の死というものを引きかぶったとき、 仏の教えははじめて生きてくるのではないか。死というものは災いの頂点です。それを引き受ける。そこに気づかなければ ならない。己の死を引き受けるなんて、気持ちの良い話ではない、できれば忘れていたい、 しかし引き受けなければならない。そして、引き受けたときそこから道は開ける。
 己の死を引き受けたとき、そこから家族との関係が変わるし、社会との関係も変わる。その中で最善を尽そうという形に 変わると思う。それが「賢明に徳を行って、災いを防ぐ」ということです。つまり災いを防げるようになる。また、福でも 鬼でもそのまま認めるという姿勢になるので、神は必要なくなる。ただそうなったとしても、風俗として神さんにお参り するのはいいのではないかと思います。
 仏教は、あまりそういうことを前面に出しませんが、たぶん災いに対しては神さんよりもはるかに強く防ぐことができる。 しかし、そうなるためには己の死を引き受けなければならない。そしてそれを教えてくれるものの一つに、近親者の死を いかに受け入れて、己の死を考えるかという機会があると思う。

 最後に親鸞の和讃から引いておきました。

かなしきかなや道俗どうぞくの 良時りょうじ吉日きちじつえらばしめ
 天神てんじん地祇ちぎをあがめつつ 卜占ぼくせん祭祀さいしつとめとす

(親鸞・愚禿ぐとく悲歎ひたん述懐じゅっかい和讃 第八首 東本願寺版真宗聖典509ページ)

「道俗」の「道」は仏道すなわち仏教徒です。「俗」は仏教以外の人々です。親鸞さんの時代にも日を選び、天のカミ地の カミをあがめて、占いに縛られ、神社ばかりか寺までも福を呼び込み鬼を外に出す祈祷に熱心である。どこに仏の教えが あるのか、かなしいことだ、と嘆いている。現代とほとんど変わらない状況だったのでしょう。
 この和讃だけを見ると、親鸞は本来の仏教しか認めず、神や神が混じった仏は排除している、ある意味偏狭で融通の きかない人にも受け取れます。しかし親鸞は同時に次のようにも考える人だったのです。

よろづの仏・菩薩をかろしめまいらせ、よろづの神祇・冥道をあなづりすてたてまつるとまふすこと、このこと、 ゆめゆめなきことなり。・・・
よろづの仏・菩薩をあだにまふさんは、ふかき御恩をしらずさふらふべし。仏法をふかく信ずるひとをば、天地におはします よろづのかみは、かげのかたちにそえるがごとくして、まもらせたまうことにてさふらへば、念仏を信じたる身にて、 天地のかみをすてまふさんとおもふこと、ゆめゆめなきことなり。(御消息集 東本願寺版真宗聖典571ページ)

つまり、要かなめの部分では唯一の仏教の立場に立っていますが、世間との交流の中では神や 神が混じった仏・菩薩も限界はあるがそれなりに有意義なものとして認めている。
 毎日の生活においては、仏に帰依する自分の本来の立場をしっかりとおさえておきながら、同時にまだその立場に到らない、 神仏を信じる人々の立場も認め、その上で真の仏教に導入していくということが、親鸞の課題だったのでしょう。

2011/01/20 公開

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