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仏の国をささえるもの


2012年4月21日 同朋の会「仏教聖典を読む 第38回」
仏の国をささえるもの(257頁) から

 本節が最後となりました。最後にふさわしく、節の題名は「仏の国をささえるもの」です。すなわち、この本全体で説かれてきたさまざまな事が成り立つ基礎にあるものは何か、それをここでは5つの逸話を引いて示しています。そのうちの2つをとりあげて読んでみましょう。

 釈迦族の王、マハーナーマは世尊のいとこであるが、世尊の教えを信ずる心が至ってあつく、誠まことを尽くして帰依する信者であった。
 コーサラ国の凶悪な王、ヴァイルーダカ王が釈迦族を攻め滅ぼしたとき、マハーナーマは出ていって王に会い、城民を救いたいと願ったが、凶悪な王が容易に許さないのを知って、せめて自分が池の中に沈んでいる間だけ、門を開いて自由に城民を逃げさせてほしいと頼んだ。
 王は、人間の水中に沈んでいる間だけのことなら、わずかな時間であるからと考えて、これを許した。
 マハーナーマは池に沈み、城門は開かれ、人びとは喜んで逃げのびた。しかし、いつまでたってもマハーナーマは浮かび上がらなかった。彼は池に入って髪を解き、柳の根に結びつけ、自らを殺して人びとを救ったのであった。(258ページ)

 かつて殺人鬼として、多くの人びとの命をあやめ、世尊に救われて仏弟子となったアングリマールヤ(指鬘しまん)は、その出家以前の罪のために、托鉢の途上で、人びとの迫害を受けた。
 ある日、町に入って托鉢し、恨みのある人びとに傷つけられて、全身血にまみれながら、やっと僧坊に帰って、世尊の足を拝して喜びのことばをのべた。
「世尊、わたくしはもと、無害という名でありながら、愚かさのために、多くの人の命を損そこない、洗えども清まらない血の指を集めたために、指鬘の名を得ましたが、いまでは三宝に帰依してさとりの智慧を得ました。馬や牛を御するには、むちや綱を用いますが、世尊は、むちも綱もかぎも用いずに、わたくしの心をととのえて下さいました。
 今日わたくしは、わたくしの受けるべき報いを受けました。生も願わず死も待たずに、静かに時の至るのを待ちます。」(260ページ)

 とても感動的でかつ微妙な余韻を残す逸話です。元気になるような話かというとそうは言えない。しかし、悲しいつらいだけの話かというとそうとも言えない。
 どちらの逸話も歴史的事実としてどこまで本当か、というとかなり疑わしいのです。おとぎ話的な脚色は相当されていることでしょう。しかし、このような「お話」として後にまとめられるような、事実が当時起きたことは確かでしょう。

 マハーナーマの話にあるとおり、釈尊の出身部族である釈迦族は釈尊の晩年に大国コーサラの攻撃に遭って殺戮され滅亡しました。これは悲劇です。しかし、その中でのマハーナーマの行いは私達に絶望の感想を懐かせず、不思議な味を残します。(実際のところは、この話の通りに多くの人々逃げられたかどうかは疑問ですが。)
 この話を読む現代の私達は、昨年の大震災のとき、マハーナーマと同じような覚悟で身を処した人は結構いたのではないか、という思いが起きます。

 アングリマールヤ(央掘魔羅)はそもそもバラモンの弟子で、聡明で美貌を持った少年でした。しかし師の妻が、その美貌に欲情しアングリマールヤを誘惑しようとしました。アングリマールヤは拒絶しますが、バラモンの妻はそれを逆恨みして夫にアングリマールヤに犯されたと吹き込む。バラモンは激怒しアングリマールヤに自分の罪を除きたければ千人を殺せと命ずる。アングリマールヤは自分の申し立てが師に通じない絶望と師の理不尽な命令に追い詰められ、その純真な性格の裏返しとして、残忍な殺人鬼に変貌していく。一人殺すたびにその指を1本切り落しては鬘(かみかざり)の紐に通していく。指鬘というあだ名はそこから付けられたものでした。999人まで殺してもう一人の犠牲者を訪ねあぐねていたとき、アングリマールヤの母が訪れます。アングリマールヤは母を見て「母を天上に生れさせるために殺そう」という思いを起こします。千人を達成するためと、母の次の生(バラモンなので輪廻転生を当然として疑わなかったのでしょう)の幸福を願うという理屈付けがとんでもない動機になったわけです。そうして、母を殺そうとしたそのとき、釈尊が現われます。アングリマールヤは母から釈尊に矛先を変えて殺そうとします。しかし果たせず、釈尊の諭しの前に心を開いていき、ついに自分の罪を懺悔し釈尊の弟子となります。(ここまでの説明は大蔵経の『央掘魔羅経』から抜粋しました。)アングリマールヤが根も葉も無い理由──しかしそれは欲心からくる恐るべき嫉みの力──で理不尽な状況に追い詰められ殺人鬼となっていく経過は痛ましいものです。仏弟子となってその境遇から脱出するわけですが、しかし既に為してしまった殺人という自分の行いを消すことは決してできません。仏弟子のアングリマールヤに対し世間の仕打ちは過酷を極めます。しかし彼はそれを耐え、釈尊のもとに戻って「生も願わず、死も待たず」というのです。
 私達は打たれて血にまみれたアングリマールヤの姿を想いつつも何かほっとするものを得ます。マハーナーマの話といい、アングリマールヤの話といい、心を元気づけて希望を与えてくれるようなものではとてもありません。しかし、そういうものよりもっと深く大きな何かを示してくれています。
この「何か」を指して仏教では「慈悲」というのか、と私は思います。
 それをもう少し考えてみましょう。

 私達は、自分の生や死、そしてその生死を超える「生死出づべき道」を考えるとき、ともすると見落としてしまっている、重要な立場があります。それは、そういうことを考えるのは、今、生きている自分だということです。
 今、生きている自分が、その自分の決して経験しえない死を考え、また考えることの及び得ない覚りや浄土といったものを問わなければならない。そして、その疑問が解決しなければ、生きるに生きられず、死ぬに死ねない、という心境にまで自分自身を追い詰めます。それはそれで、とても大切で、重大で、また時には危険なことでもあるのですが。このとき、私達は自分の生き死にを自分が決めることができると思いがちです。
 しかしそのような思いに至る前から、私は既に生れさせられ、生かしめられていた。つまり「毎日の生活は自分が決める」といった自分の意識以前のところで、そういう意識ではとらえきれないところで、途方もない積み重ねの上に立って「今生きている自分」があったのです。「生死出づべき道」の問いに気づく前に、毎日毎日、朝起きて、三度の食事をし、大小便をして、夜寝る生活を続けていたのです。この生活は父母や家族の犠牲、他人の労力の犠牲、他の生物の犠牲、そういった無数のものの犠牲の上に成り立っていたものです。
 釈尊は、29歳で「生死出づべき道」の問題を避けることができなくなり、その解決のために出家しました。ではそのときまで何回の食事、大小便、寝床での睡眠を恵まれたのでしょうか。
食事と大小便をそれぞれ1日三回とすれば、3回×365日×29年=31755回。
睡眠は、1回×365日×29年=10585回。
 これらは、すべて他者の犠牲によって成り立っているものです。そして私に犠牲を捧げている他者もまた別の他者の犠牲によって支えられている。今、自分があるということは、すなわち無数の他者の苦しみもがく犠牲の上に立ってあるということです。それが「生かされている」ということの重要な一面でしょう。そこに気づくとき、その無数の他者の犠牲に報いなければ、義理が果たせぬ、と感じます。ではどうすれば報いることができるでしょうか。それは己の生命を他者の生のために犠牲にして捧げるということ以外にありえません。この己の生命を他者のために進んで差し出す、という決断をすることが、「自由」の本当の意味でしょう。
 そうして自分の生命を無条件に差し出したとき、その自分は同時に生死を超えた世界に安住することができる。そしてこのような人は後の世の人々の生を助けるものともなり、それが希望ともなっていくものでしょう。
 非常に理屈っぽい言い方をしていますが、そういうことだと思うのです。

マハーナーマやアングリマールヤの話を読んで、私達の中にほっとした気持ちが芽生えるのは、彼等が生命を投げだすことによって得た安住の境地を垣間見ることができたことによるのかもしれません。

2012/04/22 公開

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